泥魚亭好日記 〈美しさを楽しみ夢を育てる〉



初めてのプロデュース

 私は、小学校高学年の時、普通の生徒とは違った経験をしている。

 詳しいことは分からないが、昭和30年前後に高知県の田舎の小学校に、普通児童と何らかの障害などでいわゆる知恵遅れになってしまった児童とが、一緒のクラスで学びあう「特別クラス」が学年に1クラス作られていた。ダウン症の児童も一緒であった。

 当時はベビーブーム前の時代で、終戦末期の昭和19年に“産めよ増やせよ”の号令で生まれてきた”戦争の落とし子”たちである。田舎とはいえ各クラスとも50人余りいて4クラスあった。そんなクラスの外に36人だけの我々のクラスが1クラスあったのである。
 なぜ36人かというと、男女それぞれ6人、合計12人の普通児童がそれぞれ2人づつ遅れた児童24人の勉強の面倒を見るのである。合計で36人。週の何時間か、家庭教師のようにそれぞれの児童の進度に合わせて普通児童が指導をした。
 私はたまたまダウン症の子の担当であったため、教えるのが難しく,6年生になっても1桁の足し算を教えたりした。
 今の時代ではとても考えられないような授業であった。当然普通児童も遅れがちになるので、放課後特別授業(高学年に合った普通の授業)を受けた。

 そんなクラスなので、学年全体で行われる合同体操などに参加することはあまりなかった。
しかし、あれは6年生最後のクラスマッチであったと思う。全クラス参加で、男子はソフトボール、女子はドッジボールの対抗戦が行われることになった。珍しく我々Cクラスも参加することになった。
 その前日、クラス担任は私を放課後残して、「征次、明日は勝て! 全員参加させて勝て」と力を込めて言った。
 無茶な話だった。ソフトボールのルールもおぼつかないような児童も混じっていた。ベストメンバーならともかく、全員参加で勝たせることなど不可能に思えた。
 その夜、5人の仲間と話し合って、勝てる方法を探った。その結果、勝てるかもしれない作戦にたどり着いた。

 ピッチャーの谷脇君(後に高知商業高校の野球部監督として甲子園で有名になった)の球は速く、敵はほとんど打てない。まあまあ守備が上手く打撃もいい選手が外に3人いた。その3人をサードとショートとファーストにおいて 内野ゴロは確実にアウトにする。その外のところに飛んだら諦める。打つ方は、その4人を除いて全員1振りもしない、と決めた。フォアボール作戦である。
 小学生で、ストライクが確実に取れるピッチャーなどそんなにいないはずである。打てる4人の間に”フォアボール担当”をはさんで打順を組み、ランナーをためてドカン! ランナーをためてドカン!と打つという戦法で得点しようと決めた。

 翌日、作戦は図にあたり、日頃バカにされていたわがクラスは、優勝候補といわれていたクラスを圧倒的な差で撃破した。
 勝利の瞬間、「征次よくやった!」といって泣かんばかりに握手を求めてきた担任のI先生の顔が忘れられない。

 あれは、プロデューサーのような仕事を初めてやり遂げた瞬間だったのかもしれない。
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by project_oij | 2006-11-04 13:04
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横山征次がOIJの理想をめぐる日々の想いを綴ります
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